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物を減らして気づいた。私が欲しかったのは「少ない暮らし」じゃなくて余白だった

最近、家にあるものをかなり手放しています。

服、雑貨、子どものもの。

集めていたガチャガチャやフィギュア、キーホルダー。

そして、シール。

メルカリに出したり、まとめて売ったり、ときには「もういいや」と処分したり。

とにかく今は、家の中にあるものを少しずつ減らしています。

でも、私はもともと物が少ない人ではありません。

むしろ、

物が好きです。

かわいいものが好き。

流行っているものも気になる。

ガチャガチャも好きだし、フィギュアもキーホルダーも好き。

少し前にはシールにもハマりました。

お店で見つけると欲しくなるし、人気のものなら余計に気になる。

行列を見れば「何の行列だろう?」と覗きたくなるし、「30%OFF」「2個で○円」にも弱い。

だから、

「物を減らしたい」

と思う自分と、

「でも欲しいものは欲しい」

と思う自分が、ずっと矛盾しているような気がしていました。

ミニマリストみたいに必要最低限のものだけで暮らしたいわけでもない。

好きなものまで全部なくしたいわけでもない。

じゃあ、私はなんでこんなに物を減らしたくなったんだろう。

断捨離を続けるうちに、その答えが少し分かってきました。

私が欲しかったのは、

「物が少ない暮らし」ではなく、「余白のある暮らし」だったんだと思います。

目次

物が好き。流行っているものはもっと気になる

私は昔から、集めることが好きでした。

ガチャガチャ、フィギュア、キーホルダー。

かわいいものを見つけると欲しくなる。

そして、流行っているものにも弱いです。

シールが流行り始めたときも、最初は、

「私は別にいいかな」

と思っていました。

でも、SNSやお店で見かける機会が増えて、人気になって、なかなか手に入らないものまで出てくると……

やっぱり気になる。

そして一度買い始めると、

「これもかわいい」

「こっちも欲しい」

と少しずつ増えていく。

集めているときは楽しいんです。

欲しかったものを見つけたときも嬉しい。

だから、買ったこと自体を後悔しているわけではありません。

そのときの私は欲しかった。

そのとき楽しかったなら、それはそれでいいと思っています。

ただ、気持ちが変わったあとも、

「せっかく集めたし」

「人気だったし」

「まだ持っていた方がいいかな」

と持ち続けているものが、少しずつ増えていました。

「お得」にも、とにかく弱い

コレクションだけではありません。

私は、お得なものも好きです。

スーパーへ行けば割引コーナーはとりあえず見る。

「2個で○円」

と書いてあれば、

1個でいいのに2個買いたくなる。

以前、なめこが2個で安くなっていたことがありました。

「どうせ使うし、お得じゃん」

と思って2個購入。

結局、使い切れずにダメにしました。

今考えれば、1個だけ普通の値段で買った方が安かったかもしれません(笑)。

でも、その瞬間の私にとっては、

「安く買えた=得した」

だったんですよね。

「本当に2個必要?」

より、

「今買わないと損」

が勝っていました。

半額だから買った喪服は、一度も着なかった

服でも似たようなことがありました。

以前スーツを作ったとき、

「今なら喪服も半額で作れますよ」

と言われました。

喪服なら、いつか必要になる。

しかも半額。

だったら今作った方が絶対いい。

そう思って購入しました。

でも結局、一度も着ることがないまま時間が経ち、体型も変わって着られなくなりました。

今思えば、

「必要になったときに、そのときの自分に合うものを買う」

でもよかった。

でも当時は、

「半額で買える機会を逃したら損」

と思っていたんです。

未来の自分が本当に必要とするかより、

「今、お得かどうか」

を優先していました。

子どもが生まれて、物はさらに増えた

そこに、子どものものも増えていきました。

服。

おもちゃ。

絵本。

オムツ。

育児用品。

思い出のもの。

子どもが二人になれば、当然さらに増えます。

もちろん必要なものもたくさんあります。

でも、自分たちのものに家族のものが加わって、家の中にある物の総量はどんどん増えていきました。

そして私は、あることに気づきました。

物が多い部屋にいると、それだけで疲れる。

部屋が散らかっていると、頭の中までゴチャゴチャする

子どもがいるので、家が散らかること自体は日常です。

朝片付けても、数分後にはおもちゃが出ている。

脱いだ服がある。

テーブルの上には郵便物。

キッチンには洗い物。

あとでメルカリに出そうと思っているものが、部屋の隅に置いてある。

もちろん、それだけで生活に困るわけではありません。

でも私は、

目に入るものが多いと、頭の中までゴチャゴチャする。

ということに気づきました。

床に物があると、

「これ片付けなきゃ」

棚に使っていないものが見えると、

「これどうしよう」

メルカリに出そうと思っている袋を見ると、

「写真撮らなきゃ」

サイズアウトした子ども服を見ると、

「これ売る?取っておく?」

物を見るたびに、小さな「判断」が発生します。

片付けなくてもいい。

今すぐ決めなくてもいい。

それでも目に入るたびに、頭の片隅でその存在を認識している。

だから、部屋が散らかっていると、

何もしていなくても、頭の中に小さな「やらなきゃ」が増えていく。

私にとっては、それが思っていた以上に疲れることでした。

片付けても片付けても終わらない理由

以前は、

「収納をもっと工夫すれば、きれいな家になる」

と思っていました。

こんまりさんの片付け方法を参考にして、物の定位置を決めたり、ラベリングしたり、服を丁寧に畳んだりしたこともあります。

そのときは、それが気持ちよかった。

でも、子どもが生まれてからは同じようにできなくなりました。

洗濯物を畳んでいる途中で呼ばれる。

片付けても、すぐおもちゃが出てくる。

子どもが成長すれば、また必要なものが変わる。

前の記事で書いたように、今の私の毎日は「中断」の連続です。

そこに、

「これもちゃんと収納しなきゃ」

「きれいに畳まなきゃ」

「全部元の場所に戻さなきゃ」

まで加わると、片付けること自体が一つの大きな仕事になる。

そこで、ようやく思いました。

収納を増やすより、管理するものを減らした方が、今の私には合っているのかもしれない。

物を持つと、小さな「仕事」も一緒に増える

以前の私は、

「物を持つ=家に置いておく」

くらいに考えていました。

でも実際は違いました。

買ったら、どこに置くか考える。

使ったら戻す。

汚れたらきれいにする。

服なら洗う。

サイズアウトしたらどうするか考える。

壊れたら捨てるのか、直すのか決める。

いらなくなったら、売るのか、譲るのか、捨てるのか考える。

物を一つ増やすと、その物を管理する小さな仕事も一つ増える。

一つなら大したことはありません。

でも、それが何百、何千と積み重なる。

すると家の中だけじゃなく、頭の中にも「物」が増えていくような感覚になります。

前の記事で、子育て中は頭の中にたくさんの「やりかけ」が残っていて、ずっと頭が休まらないという話を書きました。

物も、私にとっては同じでした。

「これ片付けなきゃ」

「これ売らなきゃ」

「これ、もう使ってないな」

「これどこにしまおう」

目に入るたびに、頭の中にまた一つタブが開く。

だったら、

自分で閉じられるタブは、少しでも閉じてしまいたい。

それが、私が物を減らしたくなった理由の一つだったんだと思います。

物を減らしたら、何もない場所が好きになった

第二子の妊娠中から産後にかけて、少しずつ物を手放すようになりました。

服を売る。

雑貨を手放す。

集めていたものも、「今も本当に好き?」と考えてみる。

最初は、

「家をきれいにしたい」

くらいの気持ちでした。

でも、減らしていくと少しずつ変化がありました。

収納に空きができる。

棚の上に何もない場所ができる。

床に置いていた袋がなくなる。

すると、不思議なくらい気持ちがいい。

以前なら収納に空いているところがあると、

「ここ、まだ何か入る」

と思っていました。

今は違います。

空いているなら、空いたままでいい。

むしろ、何もないところを見るとホッとする。

視界に入ってくる情報が少ないだけで、頭の中まで少し静かになるような感覚があります。

そこで、やっと分かりました。

私が欲しかったのは、

「物が○個しかない家」でも、

生活感のないモデルルームのような家でもない。

余白だったんだ。

だから、私はミニマリストになりたいわけじゃない

だからといって、私はミニマリストになりたいわけではありません。

ガチャガチャだって、また欲しいものがあればすると思います。

かわいいシールを見つけたら、また買うかもしれない。

欲しい服も着たい。

好きなものを飾るのだって好きです。

私は、

「物を減らすこと」と「好きな物を買うこと」は、矛盾しない

と思っています。

欲しいなら買っていい。

好きなら持っていていい。

でも、

「高かったから」

「せっかく集めたから」

「まだ使えるから」

「いつか使うかもしれないから」

という理由だけで、今の私には必要のないものまで抱えていなくてもいい。

私が目指したいのは、

物を持たない暮らしではなく、物に執着しない暮らし。

今はその言葉が、一番しっくりきています。

手放すときは「今、この値段で買う?」と考える

物を手放すとき、最近よく自分に聞いていることがあります。

例えば、5,000円で買ったものがある。

今、メルカリなら2,000円で売れそう。

以前の私なら、

「5,000円もしたのに、2,000円で売るなんてもったいない」

と思っていました。

でも今は、

「今、この物が2,000円で売っていたら、私は買う?」

と考えます。

答えが「買わない」なら、

今の私にとって、その物を持ち続ける価値はそれほど高くないのかもしれない。

買ったときの5,000円は、手放しても持ち続けても戻ってきません。

だったら、

「いくらで買ったか」ではなく、

「今の私が、それを持っていたいか」

で決める。

そう考えるようになってから、以前より手放しやすくなりました。

物を減らすために、時間を使いすぎない

そして、もう一つ気をつけたいことがあります。

物を減らそうとして、「売ること」に時間を奪われすぎないこと。

メルカリに出すなら、

写真を撮る。

相場を調べる。

説明を書く。

コメントに返信する。

梱包する。

発送する。

これも立派な作業です。

少しでも高く売りたいと思えば、

「あと500円高く売れるかも」

と、何週間も家に置いてしまう。

でも私は、余白を作りたくて物を減らしている。

それなのに、手放すことにずっと頭を使っていたら、本末転倒です。

だから今は、

1週間売れなかったら、値段を下げる。まとめて売る。持ち込む。それでも難しければ手放す。

と、ある程度期限を決めるようにしています。

多少安くてもいい。

私が欲しいのは、

最高値で売れた達成感より、

その物がなくなったあとの余白です。

余白ができたら、そこに何を入れたい?

物を減らしてみて、余白って「何もないこと」ではないんだと思うようになりました。

物が減れば、片付けるものが減る。

探すものが減る。

判断することが減る。

「これどうしよう」と考える回数も減る。

そうして少し空いた時間や頭の中に、

私は自分が本当に大切にしたいものを入れたい。

子どもとゆっくり過ごしたい。

本を読みたい。

ブログを書きたい。

家族で出かけたい。

犬との時間も大切にしたい。

そして、ときには何もしないでぼーっとしたい。

子育て中の今、私の頭の中にはただでさえたくさんのタブが開いています。

だったらせめて、

自分で減らせるものは減らして、頭の中に少し余白を残したい。

私にとっての断捨離は、物を捨てることそのものが目的ではなかったのかもしれません。

「少ない」が新しい正解になったら意味がない

物を減らしていると、

「じゃあ、どこまで減らしたら終わり?」

と思うことがあります。

でも、たぶん答えはありません。

家族の人数も違う。

家の広さも違う。

好きなものも違う。

管理できる量も、人によって違う。

物がたくさんあっても、その全部が好きで、管理することも苦にならないなら、それでいい。

何もない空間が好きなら、それもいい。

だから、

「物は少ない方がいい」が、新しい「こうするべき」になったら意味がない。

私は、物を減らすことまで誰かの正解に合わせたくありません。

欲しいものは買う。

好きなものは残す。

必要じゃなくなったら手放す。

そして、ときどき、

「今の私が、無理なく持てる量はどのくらい?」

と考える。

一度決めた量をずっと守らなくてもいい。

子どもが成長すれば、暮らしも変わる。

私自身の好きなものだって変わる。

そのときは、また選び直せばいい。

私が手放したかったのは、物だけじゃなかった

物を減らし始めたころは、家をすっきりさせたいだけだと思っていました。

でも今は、

私が手放したかったのは、物だけではなかったのかもしれないと思っています。

「高かったから、持っていなきゃ」

「まだ使えるから、捨てちゃダメ」

「せっかく集めたんだから」

「お得なら買った方がいい」

そんな、自分の中にあった小さな「こうするべき」も、一緒に手放していたのかもしれません。

物が好きな私も、そのままでいい。

流行りものが欲しくなる私も、そのままでいい。

買ってみて、

「やっぱりいらなかったな」

となることがあってもいい。

一度大好きだったものを、手放してもいい。

そのとき、そのときで、

「今の私はどうしたい?」

と選び直せばいい。

私が欲しかったのは、

「少ない暮らし」ではなく、選べる余白のある暮らし。

物にも。

時間にも。

そして、頭の中にも。

少しだけ余白を残しておく。

そこに、そのときの私が本当に大切にしたいものを入れていく。

そんな暮らしが、今の私にはちょうどいい。

私のこの気づきが、

「私が物を減らしたいのは、なんでだろう?」

「私にとって心地いい量って、どのくらいだろう?」

と、自分の暮らしを考える小さなきっかけになったら嬉しいです。

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この記事を書いた人

2児の母、会社員。
子育ても、暮らしも、働き方も、まだまだ試行錯誤中。
「こうするべき」より「私はどうしたい?」を大切に、私にちょうどいい暮らしを探しています。

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