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何がしんどいって、ずっと中断されることだった。子育て中の「頭が休まらない」の正体

現在、私は育休中です。

0歳の子どもも少しずつまとまって寝るようになり、以前より「自分の時間」ができるようになりました。

子どもが寝たら、やりたいことはたくさんあります。

本も読みたい。

ブログも書きたい。

お風呂の排水口も掃除したい。

ずっと気になっている物置部屋も片付けたい。

寝かしつけながら、

「寝たら、あれやろう」

「今日はこれを終わらせよう」

と考えています。

そして、やっと寝た。

よし、自由時間。

……なのに。

なぜか重い腰が上がらない。

とりあえずスマホを開いて、SNSを見たり、ネットを見たり。

気づけば30分。

そして子どもが起きる。

「ああ、また何もできなかった」

せっかく時間があったのに。

あんなに読みたかった本も読まなかった。

寝たらやろうと思っていた片付けも進んでいない。

そしてまた、

「なんで私はこんなにダラダラしちゃうんだろう」

と自己嫌悪。

でも最近、その理由が少し分かった気がします。

私がしんどかったのは、単純に「やることが多い」からだけじゃなかった。

何をしていても中断されること。

そして、

「いつ中断されるか分からない」こと。

それが、思っていた以上に私を疲れさせていたんだと思います。

目次

子育て中の毎日は、「やりかけ」だらけ

子どもが起きている時間は、とにかく中断の連続です。

夕飯を作り始める。

野菜を切っている途中で、

「ママー!」

と呼ばれる。

手を洗って、子どものところへ行く。

戻って続きをしようと思ったら、今度は下の子が泣いている。

抱っこして、オムツを替える。

そうしているうちに、

「あ、洗濯物取り込まなきゃ」

と思い出す。

洗濯物を取り込んでいる途中で、

そういえばトイレにも行きたかったことを思い出す。

あ、洗剤もなくなりそうだった。

買い物リストに入れとかないと。

そういえばLINEも返してない。

……あれ?

私、最初何してたっけ?

そんなことが、一日の中で何度もあります。

気づけば、

料理は途中。

洗濯物も途中。

洗い物も途中。

トイレにも行けていない。

一つひとつは大したことじゃないんです。

でも、何かを始めて「終わった」までたどり着けない。

これが地味にしんどい。

頭の中にも「やりかけ」が残っている

そして、途中になるのは目の前の家事だけではありません。

「あれ買っとかないと」

「忘れる前にメモしなきゃ」

「LINE返さなきゃ」

「保育園のあれ、確認したっけ?」

「今日の離乳食どうしよう」

「そういえば、あの手続きも……」

一つのことをしていても、頭の中には別のことがいくつも浮かんでいます。

忘れないように、頭の片隅に置いておく。

そこに、また次の「やらなきゃ」が入ってくる。

パソコンで例えるなら、閉じられていないタブがずっと増えていく感じ。

料理。

洗濯。

買い物。

子どものこと。

連絡。

仕事。

自分がやりたいこと。

一つ閉じる前に、また新しいタブが開く。

だから、ソファに座ってスマホを見ている瞬間があったとしても、

頭の中まで休んでいるわけじゃない。

ずっとどこかで、

「次は何するんだっけ」

「あれ忘れてないかな」

が動いています。

子どもが寝た。それなのに、何も始められない

じゃあ、子どもが寝たら好きなことをすればいい。

私もそう思っていました。

実際、今は子どもがまとまって寝てくれることも増えています。

待ちに待った、自分の時間です。

なのに私は、読みたかった本を開かない。

ブログも書き始めない。

物置部屋の片付けにも手をつけない。

気づけば、スマホを見ています。

最初は、

「私って意思が弱いな」

と思っていました。

でも、よく考えてみると、スマホを選んでしまうのには理由がありました。

何時に起きるか分からないんです。

10分後かもしれない。

30分後かもしれない。

運がよければ、1時間以上寝てくれるかもしれない。

でも、それは始める時点では分からない。

「どうせ途中になるかも」と思うと、始めるのが億劫になる

本を開いても、2ページ読んだところで起きるかもしれない。

ブログを書き始めても、やっと集中してきたところで泣くかもしれない。

物置部屋を片付けようと全部出した瞬間に、起きるかもしれない。

お風呂の排水口を掃除し始めて、手が汚れているときに泣くかもしれない。

そう思うと、

「今からやっても、どうせ途中になるかもしれない」

が、頭のどこかにある。

だから、なかなか始められない。

その点、スマホはすごく都合がいい。

泣いたら、その瞬間に閉じられる。

途中でやめても困らない。

物置部屋みたいに、床いっぱいに「やりかけ」が残ることもない。

いつ中断されても大丈夫。

だから私は、やりたいことがたくさんあるのに、いつの間にかスマホを選んでいたんだと思います。

長く寝た日は、それはそれで後悔する

そして、こういう日に限って、子どもがよく寝たりします。

気づけば1時間。

「え、まだ寝てる」

そこでまた思う。

「こんなに寝るんだったら、本読めたじゃん」

「ブログ書けたな」

「物置部屋、片付けられたやん……」

そしてまた自己嫌悪。

逆に、

「今日はやるぞ!」

と意気込んで片付けを始めた日に限って、すぐ起きたりする。

全部出したのに。

今からなのに。

……難しい。

本当に、難しい(笑)。

でも考えてみれば、

いつ終わるか分からない時間を上手に使うって、結構難しいことなんですよね。

「13時から14時まで自由です」

と言われれば、何をするか決められる。

でも、

「今から自由です。ただし5分後に終わるかもしれないし、1時間半あるかもしれません」

と言われたら。

何を始めようか迷うのも、当然なのかもしれません。

「中断される」だけじゃなく、「中断されるかもしれない」も疲れる

ここで私は、もう一つ気づきました。

子育て中にしんどいのは、

実際に中断されることだけじゃない。

「また呼ばれるかもしれない」

「そろそろ起きるかもしれない」

と、どこかで身構えていることも、地味に疲れるんだと思います。

せっかく自由時間になっても、完全には気持ちを切り替えられない。

だから、

「自分の時間ができたんだから、好きなことすればいいじゃん」

と単純にはいかない。

時間は空いていても、頭はまだ完全には空いていないんですよね。

私が欲しかったのは、「中断されない時間」だった

前の記事で、久しぶりに子どもを預けて、会社の先輩と朝活をした日のことを書きました。

その日、私はスマホをマナーモードにして、画面を下に向けていました。

せっかくの時間だから、目の前の人との会話だけに集中したかった。

でも、夫からの電話に15分ほど気づかず、その後はずっとスマホが気になってしまいました。

あの記事を書きながら、

「なんで私はあんなにやるせない気持ちになったんだろう」

と考えていて、今回のことにつながりました。

私が欲しかったのは、何時間もの自由時間じゃなかったのかもしれません。

何かを始めて、誰にも中断されず、自分のタイミングで終わらせる時間。

人と話すなら、最後まで話す。

コーヒーを飲むなら、温かいうちに飲み切る。

本を読むなら、一区切りつくところまで読む。

ブログを書くなら、集中して書く。

「ちょっと待って」が入らない。

「いつ呼ばれるかな」と考えなくていい。

以前なら当たり前だったそんな時間が、今はとても贅沢に感じます。

子どもが悪いわけじゃない。それでも、しんどいものはしんどい

もちろん、子どもは私を困らせようと思って呼んでいるわけではありません。

「ママ見て」

「抱っこして」

「これやって」

今、こんなに私を必要としてくれる時間は、きっとずっと続くわけではない。

愛おしいと思う気持ちも、本当です。

でも、

愛おしいことと、しんどいことは同時にあっていい。

子どもが大好きだから疲れないわけじゃない。

自分が望んで親になったから、何でも我慢できるわけでもない。

「ちょっとだけ、最後までやらせて」

と思う日があってもいい。

私は今まで、そう思うことにまで少し罪悪感を持っていたのかもしれません。

「何もできなかった」じゃなかった

もう一つ、やめたいことがあります。

子どもが寝たあとや、一日の終わりに、

「今日も何もできなかった」

と思うこと。

料理が途中なのも。

洗濯物が途中なのも。

ブログを書けなかったのも。

何もしていなかったからではありません。

料理を中断したとき、子どものところへ行っていた。

洗濯物を置いたとき、別の何かをしていた。

やりたかったことができなかった時間にも、私はずっと何かをしていた。

ただ、「完成したもの」が少ないから、自分でも何をしていたのか分からなくなる。

それだけなのかもしれません。

だから、やりかけだらけの部屋を見て、

「今日も何もできなかった」

と自分を責めるのは、少しずつやめたいと思っています。

今の私に合う「自分時間」の使い方を探してみる

子どもが小さい今、中断をなくすことはできません。

明日も料理中に呼ばれるだろうし、せっかく寝たと思ったら10分で起きる日もあると思います。

だから、

「中断されない生活」を目指すのではなく、今の生活に合ったやり方を探してみたい。

例えば、子どもが寝たときにやりたいことを、

「5分でもできること」

「30分くらい欲しいこと」

「誰かに子どもを任せたときにやりたいこと」

くらいに分けてみてもいいかもしれない。

頭の中の「やらなきゃ」は、覚え続けずにメモに出す。

全部今日やろうとしない。

そして、ブログを書くとか、片付けをするとか、

途中で中断されるとしんどいことは、できるだけ“終わりが読める時間”に回す。

「せっかく寝たんだから有意義に過ごさなきゃ」と思わず、本当に疲れている日はスマホを見てダラダラしたっていい。

それも、そのときの私が選んだ休み方です。

スマホを見たあとにまで、自分を責めなくていい。

今の私に合う自分時間の使い方も、これから探していけばいいんだと思います。

私が欲しいのは、「私に戻る時間」なのかもしれない

子どもが生まれる前は、

何かを始めて、自分のタイミングで終わらせる。

そんなことは当たり前でした。

今は、それがこんなに贅沢です。

今回、

「時間があるのに、なんで私はやりたいことができないんだろう」

と考えたことで、自分のしんどさが少しだけ分かりました。

私は怠けていたわけじゃなかった。

ただ、

いつ中断されるか分からない毎日の中で、ずっと身構えていたのかもしれない。

そして私が欲しいのは、

子どもから離れることそのものではなく、

誰にも中断されず、

「今はこれをする」

と自分で決めて、

自分で「終わった」と言える時間。

そんな時間が、私にとっての

「私に戻る時間」

なのかもしれません。

親になっても、私は続いていく。

だから、子どものための時間と同じように、ときどきは自分のための時間も大切にしたい。

そして、時間ができたのに何もできなかった日も、

「また無駄にした」

ではなく、

「今日は休みたかったんだな」

くらいに思えたらいい。

全部をうまくやる方法は、まだ分かりません。

子どもが今日どれくらい寝るのかも、分かりません。

本当に、難しい。

人生って難しい(笑)。

でも、こうして「私は何がしんどかったんだろう」と一つずつ気づいていくことも、私にちょうどいい暮らしを探すことなのかもしれません。

もし今、

「やりたいことはたくさんあるのに、なぜか何も始められない」

「一日中動いているのに、何も終わっていない気がする」

と感じている方がいたら。

もしかすると、やる気がないのではなく、

ずっと何かに中断されながら、頭の中でたくさんの“やりかけ”を抱えているからなのかもしれません。

私のこの小さな気づきが、

「私がしんどかったのも、これかもしれない」

と、自分の気持ちに気づくきっかけになったら嬉しいです。

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この記事を書いた人

2児の母、会社員。
子育ても、暮らしも、働き方も、まだまだ試行錯誤中。
「こうするべき」より「私はどうしたい?」を大切に、私にちょうどいい暮らしを探しています。

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