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過保護と過干渉の違いとは?「子どもは甘やかしていい」と知って変わった私の子育て

「そんなに甘やかして大丈夫?」

子育てをしていると、一度は気になったことがある言葉ではないでしょうか。

私自身もずっと、

子どもを甘やかしすぎるのはよくない

と思っていました。

抱っこしてと言われるたびに抱っこしていたら、抱き癖がつく?

子どものお願いを何でも聞いていたら、わがままになる?

困る前に助けていたら、自分で何もできなくなる?

そんなことを、なんとなく心配していました。

現在、我が家には2歳9ヶ月の長女と、0歳10ヶ月の息子がいます。

まだまだ抱っこや甘えが必要な0歳の息子と、自分でできることがどんどん増えてきた2歳の長女。

2人を育てていると、

「甘えさせるって、どこまでしていいんだろう?」

と考えることがよくあります。

特に長女は、自分で歩けるのに、

「抱っこ!」

自分で食べられるのに、

「ママやって!」

さっきまで一人で遊んでいたのに、急にべったり。

下の子が生まれてからは、私が息子を抱っこしている横で「私も!」となることもあります。

そんなとき以前の私は、

「もう自分でできるでしょ」

「さっきできてたじゃん」

「今、弟抱っこしてるからちょっと待って」

と思うこともありました。

でも最近、子育てについて改めて考える中で、

「過保護」と「過干渉」は、同じように見えて全然違うのかもしれない

と思うようになりました。

そして今は、まだ小さいうちは、

甘えたいときに、もっと甘えさせてあげてもいいんじゃないか

と思っています。

今回は、「甘やかしすぎたらダメ」と思っていた私が、2人の子どもを育てる中で、以前よりも子どもの甘えを受け止めたいと思うようになった理由について書いてみます。

※この記事は、私自身が子育てをする中で感じたことや考えていることを書いたものです。「この育て方が正解」という意味ではありません。

目次

「過保護」と聞くと、以前は悪いイメージがあった

「過保護な親」

と聞くと、どんなイメージがありますか?

私は以前、

子どものことを何でもやってあげる。

失敗しないように先回りする。

いつまでも親が手を出す。

そんなイメージを持っていました。

そして、その延長線上に、

「甘やかしすぎると自立できない」

「わがままになる」

というイメージもありました。

だから、長女が「ママやって」と言っても、

「自分でできることは自分でやらせた方がいいのかな」

と思うことがありました。

0歳の息子に対しても、

泣くたびに抱っこして大丈夫なのかな。

ずっと抱っこしていたら、抱っこじゃないとダメにならないかな。

そんなことを考えることがあります。

もちろん、自分で挑戦する経験は大切だと思っています。

でも最近、

子どもが「やりたい」と思っていることを親が先回りしてやってしまうことと、子どもが「助けて」「甘えたい」と求めてきたときに応えることは、同じではない

と思うようになりました。

ここが、私の中では大きな変化でした。

私が感じた「過保護」と「過干渉」の違い

私なりに考えている違いは、とてもシンプルです。

子どもが求めているものに応えるのか。

それとも、

親が求めている方向へ子どもを動かそうとするのか。

例えば、長女が、

「抱っこして」

と言ってきた。

そこで抱っこすることは、子どもの「甘えたい」という気持ちに応えることです。

息子が泣いて、私に向かって手を伸ばしてきた。

そこで抱き上げることも、今この子が求めている安心に応えることだと思っています。

一方で、

「転んだら危ないから、あなたはこれをしちゃダメ」

「失敗したらかわいそうだから、ママが全部やる」

「こっちの方がいいから、あなたもこっちにしなさい」

と、子どもが求めていないのに、親の不安や価値観で行動を決めてしまう。

私の中では、こちらの方が「過干渉」という言葉に近い感覚があります。

だから最近は、

甘えに応えることと、自立する機会を奪うことを、一緒に考えなくてもいいのかもしれない

と思っています。

「抱っこして」に応えたら、わがままになる?

我が家で一番分かりやすいのが、長女の「抱っこ」です。

2歳9ヶ月。

当然、普通に歩けます。

走れます。

むしろこちらが追いかけるのが大変なくらいです。

でも、

「抱っこ!」

と言います。

忙しいときに言われると、

「歩けるでしょ!」

と思うこともあります。

特に今は0歳の息子もいるので、すでに息子を抱っこしていることもあります。

下の子のお世話をしているとき。

夕飯を作っているとき。

出かける準備をしているとき。

そんなときに限って、

「ママ、抱っこ!」

以前は、

「ちょっと待って」

「自分で歩いて」

と返すことが多かったように思います。

でも最近は、できる状況なら、

一回抱っこしてみよう

と思うようになりました。

歩けないから抱っこしてほしいのではなく、

ママにくっつきたいから抱っこしてほしいのかもしれない。

弟がママに抱っこされているのを見て、

「私もママに甘えたい」

と思っているのかもしれない。

そう考えるようになったからです。

数分抱っこしたら満足することもあります。

その後、

「もういい」

と自分から降りることだってあります。

それなら、最初から

「ダメ」

とする必要もなかったのかなと思うようになりました。

0歳の息子を見ていると、「甘える」ってすごく自然なことだと思う

息子はまだ0歳10ヶ月。

眠たい。

お腹がすいた。

怖い。

寂しい。

ママに来てほしい。

まだ言葉では伝えられないので、泣いたり、手を伸ばしたりして教えてくれます。

そんな息子を見ていると、

「甘える」って、そもそも子どもにとってすごく自然なことなんだな

と思います。

泣いている息子を抱っこすると、しばらくして落ち着く。

私の顔を見て笑う。

そして安心すると、また私から離れて遊び始める。

その姿を見ていると、

安心できたからこそ、また外の世界に興味を向けられるのかな

と感じることがあります。

そしてそれは、2歳の長女も実は同じなのかもしれません。

できることが増えて、たくさんおしゃべりもできるようになったから、つい「もうお姉ちゃん」と思ってしまう。

でも、まだ2歳。

息子とは表現の仕方が違うだけで、

「ママに甘えたい」

「安心したい」

という気持ちは、まだまだたくさんあるんだと思います。

甘えることと、自立することは反対なのかな?

以前の私は、

甘えさせる ↔ 自立させる

という、反対のものとして考えていた部分があったと思います。

甘えさせれば甘えさせるほど、自立が遅れる。

だから少しずつ突き放して、自分でできるようにしなければいけない。

なんとなく、そんなイメージでした。

でも今は少し違います。

子どもが、

「困ったら助けてもらえる」

「甘えたいときには甘えられる」

「怖かったら戻ってきていい」

と思えていること。

そんな安心感があるからこそ、

「じゃあちょっとやってみようかな」

と外へ出ていけることもあるのではないかと思っています。

0歳の息子も、私のところに戻ってきては、またおもちゃの方へ。

長女も「ママ抱っこ」と言ったかと思えば、次の瞬間には「自分でやる!」。

そんな2人を見ていると、

甘えることと自立することは、必ずしも反対ではないのかもしれない

と感じています。

2歳だって、外では毎日頑張っている

長女は毎日、園に通っています。

朝になったら家を出て、ママやパパと離れて一日を過ごします。

お友達がいる。

先生がいる。

集団生活のルールがある。

自分の思い通りにならないこともある。

まだ2歳なのに、考えてみると毎日すごく頑張っています。

家には0歳の弟もいます。

今まで自分だけのものだったママやパパを、弟と分け合わなければならない場面も増えました。

もちろん長女は弟のことが大好き。

それでも、2歳の子どもなりに我慢したり、頑張ったりしていることもきっとあると思います。

だから最近は、

家に帰ってきたときくらい、思いっきり甘えてもいいんじゃないかな

と思うようになりました。

外で頑張っている分、

家では抱っこ。

「ママやって」。

べったり。

それでもいい。

むしろ、

「家に帰れば甘えられる」

と思える場所にしたい。

私が今大切にしている「安心して帰れる場所でいたい」という子育てにも、ここはつながっています。

泣いたら、できるだけ応えてあげたい

赤ちゃんのころから、子どもは泣くことでいろいろなことを伝えます。

お腹がすいた。

眠たい。

抱っこしてほしい。

怖い。

寂しい。

0歳の息子を見ていると、それが本当によく分かります。

そして大きくなるにつれて言葉で伝えられることは増えますが、2歳はまだまだ感情をうまく言葉にできないこともあります。

だから泣いたときに、

「泣かないの!」

と止めるより、

「悲しかったね」

「嫌だったね」

と受け止める。

抱っこを求めてきたら、できるときには抱っこする。

そんなことを大切にしたいと思っています。

何度甘えてきても、

「ここに来れば大丈夫」

と思ってもらえる。

0歳の息子にも、2歳の長女にも。

そんな経験をたくさん積み重ねていけたらいいなと思います。

おじいちゃん・おばあちゃんにも、たくさん甘えたらいい

そして最近は、

甘えられる相手は、ママやパパだけじゃなくていい

とも思っています。

おじいちゃん。

おばあちゃん。

子どもを大切に思ってくれる周りの大人。

そんな人たちにも、たくさん可愛がってもらえばいい。

以前だったら、

「そんなに何でもしてあげなくていいよ」

「甘やかしすぎないで」

と思っていたかもしれません。

でも今は、

「自分のことを大切に思ってくれる人がこんなにいる」

と子どもが感じられることって、とても幸せなことだと思います。

そして、子どもが2人になった今は特に、

ママ一人で全部の甘えを受け止めなくてもいい

とも思うようになりました。

いろいろな人から、

「大好きだよ」

「かわいいね」

「困ったらおいで」

と受け止めてもらう。

そんな環境も、子どもたちにとっての安心につながったらいいなと思っています。

ただし「何でも言うことを聞く」とは違う

ここは、私自身も意識しておきたいところです。

「甘えさせていい」

と、

「子どもの要求を何でも叶える」

は違うと思っています。

例えば、

「お菓子をもっと食べたい」

と言われたから、好きなだけ食べさせる。

「まだYouTube見たい」

と言われたから、何時間でも見せる。

危険なことをしたいと言われても止めない。

これは、私が今回書いている「甘えを受け止める」とは別の話です。

子どもの安全や健康を守るために、親が「ダメ」と言わなければいけないことは当然あります。

ただ、そのときも、

「ダメ!」

だけで終わるのではなく、

「もっと見たかったんだね。でも今日はここまでにしよう」

と、気持ちまで否定しないようにしたい。

要求を全部叶えることはできなくても、

「そうしたかったんだね」

と気持ちは受け止められる。

今の私は、その違いを大切にしたいと思っています。

子ども自身が決められることには、なるべく口を出さない

そして、ここが私にとって「過保護」と「過干渉」を考える上で、とても大切なところです。

甘えには応えたい。

でも、

子ども自身が決められることまで、私が決めないようにしたい。

最近の我が家では、特に長女に「自分で選んでもらうこと」を意識しています。

「今日はこの服とこの服、どっちがいい?」

「次は絵本とおもちゃ、どっちにする?」

YouTubeも、

「この動画が終わったらおしまいでもいい?」

と一緒に終わりを決めるようになりました。

親が何でも先回りして決めるのではなく、

甘えたいときには思いきり甘えられる。でも、自分で決められることは自分で決められる。

私は、そんな関係が理想です。

「自分でやる!」と言ったときには、なるべく待ちたい

2歳児って不思議です。

昨日は、

「ママやって!」

と言っていたことを、

今日は突然、

「自分で!」

と言います。

靴を履く。

服を着る。

何かを開ける。

ご飯を食べる。

こちらが手を出そうとすると、

「自分でやる!」

と怒ることもあります。

時間がないと、

「もうママがやるよ!」

と言いたくなります。

でも、これもできるだけ待ってあげたい。

「助けて」と言ったときには助ける。

「自分でやる」と言ったときには見守る。

考えてみれば、とてもシンプルです。

でも、0歳と2歳の子どもを育てながらの毎日では、これがなかなか難しい。

長女が一生懸命靴を履いている横で、息子が泣いている。

そんな状況なら、

「もうママが履かせるから!」

となってしまう日もあります。

だから完璧にはできなくても、

「今、この子はどっちを求めているんだろう?」

と一度考えられる親でいたいと思っています。

ママ自身に余裕があることも忘れたくない

ここまで、

「抱っこしてと言われたら応えたい」

「甘えを受け止めたい」

と書いてきました。

でも、

ママが全部無理をして叶えなければいけない

とは思っていません。

我が家には、2歳の長女と0歳の息子がいます。

一人を抱っこしていたら、もう一人が泣く。

長女の話を聞いていたら、息子がお腹をすかせて泣き始める。

息子を寝かしつけていたら、長女が「ママー!」と呼ぶ。

どう考えても、2人の要求に100%同時に応えることなんてできません。

家事もあります。

仕事もあります。

私自身が疲れている日だってあります。

そんなときに、

「子どもの要求に応えられなかった」

と自分を責めたら、今度は私自身が苦しくなります。

私は、ママに心の余裕があることも、子どもにとって大切だと思っています。

だから、

「今はできないけど、これが終わったら抱っこするね」

でもいい。

そして本当に終わったら、

「待っててくれてありがとう。抱っこしよう」

と抱きしめる。

100%応えることではなく、「あなたの気持ちはちゃんと届いているよ」と伝えること。

今はそれを大切にしたいと思っています。

「甘やかしたらわがままになる」が、以前ほど怖くなくなった

子育てをしていると、

「今これを許したら、ずっとこうなるんじゃないか」

と心配になることがあります。

抱っこしたら毎回抱っこになる?

一緒に寝たら一人で寝られなくなる?

助けたら自分でやらなくなる?

私もたくさん考えてきました。

でも今は、

0歳と2歳の今だからこそ、安心して甘えられる時間を大切にしてもいい

と思っています。

いつか長女も、

「抱っこ!」

と言わなくなる日が来ます。

そして今、当たり前のように私に手を伸ばしてくる息子も、いつか自分で歩いて私から離れていきます。

ママより友達と遊びたい日が来る。

自分の部屋に行って、

「入ってこないで」

なんて言われる日も来るかもしれません。

そう考えると、

今、両手を広げて、

「ママー!」

と来てくれる時間は、思っているよりずっと短いのかもしれません。

だったら私は、

今はもう少し、とことん甘えさせてあげたい。

最近はそう思っています。

まとめ|甘えられる場所と、自分で挑戦できる場所の両方を作りたい

以前の私は、

「甘やかしすぎたらダメ」

という気持ちがどこかにありました。

抱っこを求められても、

「もう歩けるでしょ」

と思ったり。

「ママやって」と言われても、

「自分でできるでしょ」

と思ったり。

でも今は、

できることと、甘えたいことは別

だと思っています。

歩けるけれど、抱っこしてほしい日がある。

自分でできるけれど、ママにやってほしい日がある。

外で頑張っているからこそ、家では甘えたい日もある。

そして0歳の息子のように、まだ言葉では伝えられなくても、

「抱っこしてほしい」

「そばにいてほしい」

という気持ちはちゃんとある。

そんな2人の気持ちを、できる限り受け止めたい。

一方で、

自分でやりたいこと。

自分で選びたいこと。

挑戦してみたいこと。

そこには必要以上に口を出さず、見守りたい。

甘えたいときには甘えられる。

挑戦したいときには挑戦できる。

そして失敗したら、また帰ってこられる。

私が子どもたちに作ってあげたいのは、そんな場所なのかもしれません。

これが正解なのかは分かりません。

子どもたちが成長すれば、また考え方も変わると思います。

それでも今、2歳9ヶ月の娘と0歳10ヶ月の息子を育てている私は、

「甘やかしすぎかな?」

と心配することより、

「この子は今、何を求めているんだろう?」

と考えることを大切にしたい。

そして、

「ママに甘えていいんだ」

「でも、自分でやりたいことは自分でやっていいんだ」

そう思えるような子育てをしていけたらいいなと思っています。

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この記事を書いた人

福岡県在住、30代の2児ママです。
同い年の夫、2歳の娘、0歳の息子、ボストンテリアと暮らしています。

毎日バタバタな育児の中で、「もっとラクに、もっと楽しく」をテーマに、ChatGPTを活用した育児や家事の時短術、子連れでのお出かけ情報、実際に使ってよかったものなどを発信しています。

忙しいママ・パパの毎日に少しでも余裕が生まれるような、今日から役立つ情報をお届けできたら嬉しいです。

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