「ママ、抱っこして!」
2歳9ヶ月の長女から、毎日のように言われる言葉です。
もちろん、もう普通に歩けます。
走ることだってできるし、外ではこちらが追いかけるのが大変なくらい。
それなのに、
家の中でも「抱っこ」。
外を歩いていても「抱っこ」。
眠たいときも「抱っこ」。
そしてなぜか、私が0歳10ヶ月の息子を抱っこしているときにも「ママ、抱っこして!」。
正直、
「いや、今は無理よ!」
と思うこともあります。
我が家には現在、2歳9ヶ月の長女と0歳10ヶ月の息子がいます。
下の子が生まれてからは、息子を抱っこしている時間もかなり増えました。
だから以前の私は、長女から「抱っこして」と言われても、
「弟抱っこしてるから無理だよ」
「もう歩けるでしょ」
「ちょっと待って」
と返すことがよくありました。
でも最近、子育てについて考えたり、子どもたちの様子を見たりする中で、
「歩けること」と「抱っこしてほしいこと」は、別なのかもしれない。
と思うようになりました。
歩けないから抱っこしてほしいんじゃない。
疲れているからだけでもない。
もしかすると、
ただママにくっつきたい。「私も甘えたい」と伝えているだけなのかもしれない。
そう考えるようになってから、長女の「抱っこして」への向き合い方が少し変わりました。
今回は、以前は「もう歩けるんだから」と思っていた私が、2歳の「抱っこして」にできるだけ応えたいと思うようになった理由を書いてみます。
※この記事は、私自身が2人の子どもを育てる中で感じたことを書いたものです。子どもの性格や家庭の状況もそれぞれ違うので、「こうするのが正解」という意味ではありません。
2歳9ヶ月、歩けるのにどうして「抱っこ」なの?
長女は2歳9ヶ月。
もう赤ちゃんではありません。
自分で歩けます。
走れます。
階段だって登れます。
そんな娘から「抱っこ」と言われると、以前の私はつい、
「歩けるんだから歩こうよ」
と思っていました。
特に急いでいるとき。
荷物が多いとき。
下の子を抱っこしているとき。
「抱っこして」と言われても、
「今は無理」
とすぐに断ってしまうこともありました。
でも、よく考えたら、
「歩ける=抱っこが必要ない」ではないんですよね。
大人だって、自分でできることでも誰かに頼りたいときがあります。
疲れているとき。
寂しいとき。
なんとなく誰かにそばにいてほしいとき。
2歳なら、なおさらなのかもしれません。
長女にとっての「抱っこ」は、
移動手段というより、
ママとくっついて安心するための時間
なのかもしれない。
そう考えると、
「歩けるでしょ」
という言葉が、少し違って見えるようになりました。
下の子が生まれて、「抱っこして」が気になるようになった
長女の「抱っこして」について考えるようになった大きなきっかけの一つが、弟の存在です。
息子は現在0歳10ヶ月。
まだまだ抱っこすることがたくさんあります。
眠くて泣いたら抱っこ。
転んで泣いたら抱っこ。
ぐずぐずしたら抱っこ。
外出先でも抱っこ。
長女からすれば、
弟は当たり前のようにママに抱っこしてもらっている。
そんな光景を毎日見ています。
その横で、
「ママ、抱っこして」
と言う娘。
以前は、
「弟はまだ赤ちゃんだから」
「あなたはもう歩けるでしょ」
と思っていました。
でも、あるときふと思いました。
弟が生まれたからといって、娘が急に大きくなったわけじゃない。
まだ2歳なんですよね。
昨日までママにたくさん抱っこしてもらっていた子が、弟が生まれた途端、
「もうお姉ちゃんだから」
と言われても、娘からしたらそんなの関係ないのかもしれません。
むしろ、
弟が抱っこされているのを見ているからこそ、
「私もママに抱っこしてほしい」
と思うことだってあると思います。
そう考えるようになってから、
娘の「抱っこして」が、以前とは少し違って聞こえるようになりました。
「もうお姉ちゃんなんだから」は、なるべく言いたくない
下の子が生まれると、上の子は自然と「お姉ちゃん」「お兄ちゃん」と呼ばれるようになります。
我が家でも、
「お姉ちゃんになったね」
と言うことはあります。
でも、
「お姉ちゃんなんだから我慢して」
は、なるべく言いたくないと思っています。
だって娘は、自分から「お姉ちゃんになる」と決めたわけではありません。
弟が生まれて、ある日突然お姉ちゃんになりました。
それでも、
ママを貸してくれる。
弟が泣いていたら気にしてくれる。
おもちゃを持ってきてくれることもある。
娘なりに、十分頑張っていると思います。
だから、
「弟は赤ちゃんだから抱っこ。でもあなたはお姉ちゃんだから歩いて」
と、年齢だけで甘えを我慢させる必要はないのかなと思うようになりました。
お姉ちゃんだけど、まだ2歳。
しっかりして見える日もあるけれど、ママに甘えたい日だってある。
今は、その両方を大切にしてあげたいと思っています。
「抱っこして」と言われたら、一回抱っこしてみる
最近、私が意識しているのはとても単純です。
できるときは、一回抱っこする。
もちろん毎回ではありません。
息子を抱っこしていたら難しいこともあるし、料理中など、すぐに手を離せないこともあります。
でも、できる状況なら、
「もう歩けるでしょ」
と最初から断るのではなく、
「おいで」
と抱っこしてみる。
すると意外と、
ずーっと抱っこしてほしいわけではないこともあります。
少し抱っこすると満足して、
「降りる」
と言うこともあります。
そしてまた普通に走って遊び始めます。
そんな姿を見ると、
娘が欲しかったのは「移動してもらうこと」じゃなくて、ほんの少しママに甘える時間だったのかな
と思います。
たった数分の抱っこで満たされるなら、できるときくらいは応えてあげてもいい。
今はそう思っています。
0歳の息子を見ていると、「安心したら離れていく」がよく分かる
息子はまだ0歳なので、長女以上に私を求めてきます。
泣きながらこちらに来る。
抱っこすると落ち着く。
しばらく私にくっついている。
でも安心すると、
今度は自分から降りたがったり、気になるおもちゃの方へ行ったりします。
その姿を見ていると、
「ずっと甘えていたいわけじゃないんだな」
と思います。
安心したら、また自分から離れていく。
そしてまた不安になったら戻ってくる。
長女も、形は違っても同じなのかもしれません。
「抱っこして」
「ママやって」
と甘えて、
満足したら、
「自分でやる!」
と離れていく。
そう考えると、
甘えさせることと、自立することは、反対ではないのかもしれない
と思うようになりました。
「ママやって」も、できるだけ受け止めたい
長女の甘えは「抱っこ」だけではありません。
自分で食べられるのに、
「ママ食べさせて」
自分で着替えられるのに、
「ママやって」
できることなのに、やってほしがることがあります。
以前は、
「自分でできるでしょ」
と言っていました。
せっかくできるようになったんだから、自分でやらせた方がいい。
そう思っていたからです。
もちろん、
「自分でやる!」
と言っているときには、できるだけ手を出さずに見守りたいと思っています。
でも、
できるのに「やって」と言うことと、できないことは違う。
もしかしたら、
「今日はママにやってほしい」
という日なのかもしれません。
だから最近は、余裕があるときなら、
「いいよ」
とやってあげることも増えました。
すると次の日には普通に、
「自分でやる!」
と言っている。
子どもって、本当に不思議です。
でも、2人いると「今は無理!」も当然ある
とはいえ。
ここまで読むと、
「抱っこしてと言われたら毎回抱っこしなきゃいけないの?」
と思うかもしれません。
私は、全然そんなことはないと思っています。
というより、我が家では無理です(笑)。
2歳と0歳。
2人同時に泣くこともあります。
息子を抱っこしているときに、
長女が、
「ママも抱っこ!」
と言う。
両方眠たい。
両方ママがいい。
そんなこともあります。
ママの腕は2本しかありません。
物理的に無理なことはあります。
そんなときまで、
「子どもの甘えには全部応えなきゃ」
と思ってしまったら、今度は私がしんどくなります。
だから私は、
「今すぐできなくても、気持ちは受け止める」
ことを意識しています。
例えば息子を抱っこしているなら、
「抱っこしてほしいよね」
「弟が寝たら、次は○○ちゃん抱っこしよう」
と伝える。
そして、できるだけ約束したら後で抱っこする。
毎回できているわけではありません。
忘れてしまうことだってあります。
でも、
「無理!」
で終わらせるのではなく、
「あなたが抱っこしてほしいって思ってることは、ママにちゃんと伝わってるよ」
ということだけでも伝えたいと思っています。
「ちょっと待って」も、悪い言葉ではないと思う
以前の私は、
「抱っこしてと言われたら応えなきゃ」
と思うと、
「ちょっと待って」と言うことまで悪いことのように感じてしまうことがありました。
でも、2人育児をしていると、
待ってもらうことは絶対にあります。
息子のオムツを替えている。
ミルクや離乳食の途中。
火を使って料理している。
そんなときに長女から抱っこを求められても、すぐにはできません。
だから、
「ちょっと待って」
と言ってもいい。
ただ、
「ちょっと待って!」
だけではなく、
「抱っこしたいんだね。これが終わったら抱っこしよう」
と伝える。
そしてできるときになったら、
「待っててくれてありがとう」
と抱っこする。
すぐに要求を叶えることだけが、甘えを受け止めることではない。
今はそう考えています。
ママが無理をしすぎないことも大切にしたい
もう一つ、忘れたくないことがあります。
それは、
ママ自身にも限界がある
ということです。
抱っこしてあげたい。
できるだけ甘えを受け止めたい。
そう思っていても、疲れている日はあります。
0歳の息子を一日中抱っこして、腰も腕も限界。
そこに長女から、
「抱っこ!」
と言われたら、
「ごめん、今日はもう無理!」
となる日だってあります。
それでいいと思っています。
子どものために自分が全部我慢して、余裕がなくなって、最後に爆発してしまったら、私の場合はその方がつらい。
だから、
「今日はママ疲れちゃったから、座ってぎゅーでもいい?」
と聞くこともあります。
抱っこはできなくても、膝に乗せる。
ぎゅっとする。
隣に座る。
手をつなぐ。
甘えを受け止める方法は、抱っこだけじゃない。
そう思えるようになってから、私自身も少し楽になりました。
いつまで「抱っこして」と言ってくれるんだろう
毎日何度も言われると、
「また抱っこ?」
と思ってしまいます。
でも、ふと考えることがあります。
この子は、あと何回「ママ、抱っこして」って言ってくれるんだろう。
今は当たり前のように、
両手を広げて、
「ママー!抱っこ!」
と走ってきます。
でも、きっとずっとではありません。
そのうち、
自分でどんどん歩いていく。
お友達の方が楽しくなる。
ママと手をつなぐことすら嫌がる日が来るかもしれません。
0歳の息子も同じです。
今は私がいなくなるだけで泣いたり、抱っこすると安心した顔をしたりしています。
でも、この子だっていつか私の腕から離れていきます。
そう考えると、
2人を抱っこできる今って、実はすごく短い時間なのかもしれない。
もちろん毎日そんな余裕を持って考えられるわけではありません。
「重い!」
「腰痛い!」
「もう降りて!」
と思う日もあります(笑)。
それでも、
できる日に、できる分だけ。
今しかない「抱っこして」に応えてあげたいと思っています。
まとめ|「抱っこして」は、ママに甘えたいサインなのかもしれない
以前の私は、2歳の長女に「抱っこして」と言われると、
「もう歩けるのに」
と思っていました。
下の息子が生まれてからは特に、
「弟は赤ちゃんなんだから仕方ない」
「あなたはもうお姉ちゃんなんだから」
と思いそうになることもありました。
でも、娘はまだ2歳。
弟が生まれたからといって、急に大きくなったわけではありません。
歩ける。
走れる。
自分で食べられる。
自分で着替えられる。
できることはどんどん増えている。
それでも、
ママに抱っこしてほしい日はある。
今の私は、それでいいと思っています。
できるときには抱っこする。
できないときには、
「抱っこしてほしいんだね」
と気持ちを受け止める。
そして余裕ができたら、
「お待たせ」
と抱っこする。
毎回完璧にはできません。
0歳と2歳の2人育児。
どう頑張っても、どちらかに待ってもらわなければいけない瞬間があります。
だから私は、
「全部叶えてあげること」よりも、「あなたの気持ちはちゃんとママに届いているよ」と伝えることを大切にしたい。
そして、
「もうお姉ちゃんなんだから」
と娘を急いで大きくするのではなく、
まだ2歳の今だからこそ、甘えたいときにはたくさん甘えてもらいたい。
いつか、
「抱っこして」
と言われなくなるその日まで。
できる範囲で、今しかないこの時間を大切にしていきたいと思っています。


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