子どもが生まれたら、自分の時間が減る。
そんなことは、親になる前から分かっていたつもりでした。
子どもは大好きだし、自分が望んで親になった。
子どもを第一に考える生活になることも、もちろん分かっていました。
それでも先日、ふと、
「私はもう、一生このままなのかな」
と思った出来事がありました。
きっかけは、久しぶりに一人で出かけた、ほんの数時間のことでした。
久しぶりに「私」として出かけた朝
先日、会社の先輩と朝活をすることになりました。
2歳の上の子は夫に、0歳の下の子は母にお願いして、久しぶりに一人で外へ。
せっかく預かってもらうのだから、なるべく負担にならないように。
午前中には帰ってこられる予定にしていました。
たった数時間。
それでも、子どもを連れずに誰かとゆっくり話せることが嬉しくて、楽しみにしていました。
その日、夫は上の子を連れて出かけてくれることになっていました。
出先で使うWEBの年間パスポートの表示方法が分からないということで、
「URL送っといて」
と連絡が。
「OK」
私はURLを送り、念のためスクリーンショットも一緒に送りました。
これで大丈夫。
そう思って、スマホをマナーモードにして、画面を下に向けました。
せっかくの時間だから、スマホを気にせず、目の前にいる人との会話を楽しみたかったんです。
気づいたら、夫から何度も電話がかかっていた
ところが、年間パスポートを表示するにはパスワードも必要だったようです。
夫は入ることができず、私に何度も電話をかけていました。
私がそれに気づいたのは、15分ほど経ってから。
スマホを見て、たくさんの着信に気づいた瞬間、一気に焦りました。
慌てて必要なものを送り、無事に解決。
よかった。
……はずなのに。
そこから、私は目の前の時間にあまり集中できなくなってしまいました。
また何か連絡が来るかもしれない。
今度はちゃんと気づかなきゃ。
さっきまで伏せていたスマホが、ずっと気になるようになりました。
私が欲しかったのは「中断されない時間」だったのかもしれない
子どもが生まれてから、毎日は小さな「中断」の連続です。
料理を作りかけたところで呼ばれる。
洗い物の途中で泣き声が聞こえる。
洗濯物も途中。
トイレにも行きたい。
そういえば、あれも買わなきゃ。
忘れる前にメモしなきゃ。
あ、連絡も返してなかった。
何かを始めても、それが終わる前に次のことが入ってくる。
目の前には「やりかけ」が残り、頭の中にもいくつもの「やりかけ」が残っています。
体は止まっていても、頭の中ではずっと何かを考えている。
だからあの日、スマホを伏せたのも、連絡を無視したかったわけではありません。
ほんの少しだけ、
何にも中断されず、目の前の時間に集中したかった。
今振り返ると、そんな気持ちだったんだと思います。
「これが子どもが倒れたとかだったら、どうするの?」
家に帰ると、夫は案の定、不機嫌でした。
「電話はいつでも出られる状態にしておいてって言ったよね?」
「これが子どもが倒れたとかだったら、どうするの?」
確かに。
夫の言っていることは間違っていません。
何度も電話がかかってきているのに、15分も気づかなかった。
もし本当に子どもに何かあったら。
そう考えると、申し訳なかったと思います。
でも、それとは別に。
心の中に、どうしても消えない感情がありました。
私はもう、一生このままなの?
私はもう、一生このままなのかな。
一人で出かけているときも、ずっとスマホを気にして。
いつ電話が鳴ってもいいようにして。
何かあったら、すぐに「母親」に戻れるようにして。
これから先もずっと、スマホを握りしめながら生きていくのかな。
悲しい、とも少し違う。
腹が立っているわけでもない。
虚しい、だけでもない。
なんとも言えない、やるせない気持ちになりました。
子どもは大好きです。
自分が望んで親になりました。
子どもが生まれたら、子ども中心の生活になることだって分かっていました。
子どもを授かることは決して当たり前ではないことも分かっています。
だから、
「こんなことを思う私は、わがままなのかな」
とも思いました。
でも、自分の気持ちを掘り下げてみると、少し違いました。
子どもから離れたいわけじゃない。
母親でいることをやめたいわけでもない。
ただ私は、
ほんの少しだけ、何も気にせず「私」でいられる時間が欲しかった。
そして、それまで私はその気持ちを「親なんだから仕方ない」と我慢していたんだと思います。
夫にも、自分の時間を大切にしてほしいと思っている
やるせない気持ちのまま、夫と話しました。
私は、夫がゴルフに行ったり、飲み会に行ったりすることを嫌だと思っているわけではありません。
普段、仕事も育児も頑張ってくれていることを知っています。
むしろ、だからこそ、
一人で出かけられるときくらい、目いっぱい楽しんできてほしい。
仕事でも、パパでもない時間を大切にしてほしい。
そう思っています。
だから夫に伝えました。
「私もそうしたい」
毎日じゃなくていい。
たまにしかない時間だからこそ、その数時間くらいは、少しだけ「私」として過ごしたい。
もちろん、緊急時に連絡が取れるようにしておくことは必要です。
今回、電話に気づかなかったことについては、本当に申し訳なかったと思っている。
それと、私が感じた苦しさは、また別の話。
そんなことを話しているうちに、いつの間にか私は泣いていました。
夫も話を聞いて、分かってくれました。
どちらが正しいかではなく、夫婦ですり合わせていく
今回のことで、一つ気づいたことがあります。
夫婦になって、親になったからといって、お互いが最初から同じ感覚を持っているわけではないんですよね。
「子どもを預けて出かけるとき、どこまで自由に過ごしていい?」
「緊急時の連絡はどうする?」
「お互いの一人の時間を、どう守る?」
そんなことまで、最初から同じ答えを持っているわけではありません。
今回だって、
「何かあったときに連絡が取れるようにしてほしい」
という夫の気持ちはもっともです。
同時に、
「たまにしかない一人の時間くらい、目の前のことだけに集中したい」
という私の気持ちも、なかったことにする必要はないと思いました。
どちらかが正しくて、どちらかが間違っているわけではない。
だからこそ、「普通はこう」「親ならこう」ではなく、
「私はこう感じた」
「あなたはどう思う?」
と話して、家族に合った方法を探していく。
今回みたいな小さなすれ違いも、夫婦でそれを考えるきっかけになるのかもしれません。
親になっても、私は続く。
子どもが生まれて、私の生活は大きく変わりました。
自分より子どもを優先する場面は、これからもたくさんあると思います。
それでいいと思っています。
でも、
子どもの人生が始まったからといって、私の人生が終わったわけではない。
私は母親になった。
でも同時に、今も一人の「私」です。
好きな人とゆっくり話したい。
一人でぼーっとしたい。
仕事について考えたい。
やってみたいこともある。
行ってみたい場所もある。
親になる前から続いてきた「私」は、親になった今も、その先も続いていきます。
だから私は、
子どもを大切にすることと、自分を大切にすることを、どちらか一つにしたくない。
完璧にはできないと思います。
子どもを優先する日もある。
自分のために誰かを頼る日もある。
夫婦でぶつかることも、きっとまたあります。
そのたびに、
「親ならこうするべき」ではなく、
「私たちはどうしたい?」
を話していけたらいい。
それが今の私たち家族にとっての「ちょうどいい」を探すことなのかもしれません。
今回の出来事を通して、私はそんなことに気づきました。
このブログでは、正解を教えるのではなく、こうして日々の暮らしの中で私が迷ったり、試したりする中で気づいたことを綴っています。
私の小さな気づきが、読んでくださった方にとって、
「私はどうしたいんだろう?」
と、自分自身の気持ちを考える小さなきっかけになったら嬉しいです。
親になっても、私は続く。
だからこれからも、母親としての私も、一人の人間としての私も大切にしながら、
私にちょうどいいを探していきたいと思います。


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