断捨離をしていると、
「もう使ってないし、手放してもいいかな」
と思うのに、なぜか手放せないものがあります。
私の場合、その理由の多くが、
「でも、これ高かったんだよな……」
でした。
5,000円で買った服。
頑張って集めたガチャガチャやフィギュア。
当時は人気で、なかなか手に入らなかったもの。
ほとんど使っていないもの。
今の私には必要ない。
それは分かっているのに、
「こんなに安く手放すのはもったいない」
と思うと、なかなか手放せない。
でも最近、そんなときに一つだけ、自分に聞くようにしています。
「今、この値段で売っていたら、私はこれを買う?」
この質問をするようになってから、物を手放すことがずいぶん楽になりました。
「いくらで買ったか」を考えると、手放せなくなる
例えば、5,000円で買った服があるとします。
ほとんど着ていない。
今後も、おそらく着ない。
メルカリで調べてみたら、相場は2,000円くらい。
すると私は、
「5,000円もしたのに、2,000円か……」
と思ってしまいます。
3,000円も損するような気がする。
だったら、
「もう少し持っておこうかな」
となる。
でも、持っていたところで5,000円が戻ってくるわけではありません。
そこで考え方を変えてみました。
「今、この服が2,000円で売っていたら、私は買う?」
……たぶん、買わない。
だったら今の私にとっては、
その服を持ち続けることより、2,000円になってくれる方が嬉しい。
そう考えると、
「5,000円で買ったのに2,000円になっちゃった」
ではなく、
「今の私がもう買わないものを、2,000円に替えられた」
と思えるようになりました。
買ったときの値段は、もう戻ってこない
私は以前、
「高かったから」
という理由で、使っていないものをかなり残していました。
でも、高かったという事実は、これから先も変わりません。
5,000円で買ったものを、
1年持っていても。
5年持っていても。
一度も使わなくても。
買ったときのお金が戻ってくるわけではない。
むしろ、
「高かったから捨てられない」
という理由だけで持っていると、
見るたびに、
「これ使ってないな」
「売らなきゃな」
「でも安くなるの嫌だな」
と考えることになります。
前の記事でも書きましたが、私は目に入るものが多いと、頭の中までゴチャゴチャしやすいタイプです。
だから今は、
過去にいくら払ったかより、今の私にとってどれくらいの価値があるか
を考えるようになりました。
「今、この値段で買う?」は、いろいろな物に使える
この考え方は、服だけではありません。
例えば、昔好きで集めていたもの。
ガチャガチャ。
フィギュア。
キーホルダー。
シール。
集めていた当時は、本当に欲しかった。
見つけたときは嬉しかったし、集めること自体も楽しかった。
だから、
「買わなければよかった」
とは思っていません。
でも、今は以前ほど興味がない。
そんなものを手放そうとすると、
「せっかく集めたのに」
が出てきます。
そんなときも、
「今、これをこの値段で見つけたら、もう一度買う?」
と考えてみる。
「絶対買う!」
なら、まだ持っていたいものなのかもしれない。
でも、
「今なら買わないかな」
なら。
その物は、もう今の私には役目を終えたものなのかもしれません。
「まだ使える」と「私が使う」は違う
もう一つ、私が手放せなくなる言葉があります。
「まだ使える。」
服もまだ着られる。
バッグも壊れていない。
雑貨もきれい。
だから捨てるのはもったいない。
確かに、まだ使えます。
でも最近、
「まだ使える?」ではなく、「私はこれから使う?」
と考えるようになりました。
まだ使えるものでも、私が使わなければ、家の中に置かれているだけです。
だったら、売ったり譲ったりして、誰かが使ってくれる方がいいこともある。
「使えるかどうか」と、
「私が使いたいかどうか」は、
別なんですよね。
「いつか使う」の“いつか”は、本当に来る?
そして断捨離をしていると、必ず出てくる、
「いつか使うかもしれない。」
これも、かなり手強いです。
私もよくあります。
「また流行るかもしれない」
「子どもが大きくなったら使うかも」
「何かのときに必要かも」
未来の可能性を考えれば、ほとんどのものが「いつか使うかもしれない」になります。
でも、その「いつか」のために、今の家のスペースを使い続けることになる。
だから最近は、
「いつか使うか」ではなく、
「なくなったとして、必要になったときに本当に困る?」
も考えるようになりました。
必要になったときに、また簡単に買えるものなら。
今は一度手放してもいい。
必要になった未来の私が、そのときの自分に合うものを選び直せばいい。
そう考えると、少し楽になりました。
売るなら「一番高く」より「今手放せる」を優先する
私は最近、メルカリでもかなり物を手放しています。
ここでも以前は、
「できるだけ高く売りたい」
と思っていました。
当然ですよね。
同じものなら、高く売れた方が嬉しい。
でも、高値にこだわるほど、物は家から出ていきません。
3,000円で出品。
売れない。
2,800円。
まだ売れない。
「でも2,000円まで下げるのは嫌だな」
そうして何週間も置いておく。
その間も、出品した物は家にあります。
私は今、短期集中で物を減らしたいと思っています。
だから、
1週間売れなければ、値段を下げる。まとめて売る。持ち込む。それでも難しければ手放す。
というルールを作りました。
数百円高く売るために、何週間もその物のことを考え続けるより、
「手放せた!」
の方を優先したい。
お金だけではなく、
家のスペースと、自分の頭の中のスペースも含めて考える。
今の私には、この方法が合っています。
でも、「買ったこと」を後悔しなくていい
断捨離をしていると、
「こんなに手放すなら、最初から買わなければよかった」
と思うことがあります。
特に、ガチャガチャやフィギュア、シールなど。
生活に絶対必要だったものではありません。
でも最近は、
手放した=買ったことが無駄だった
ではないと思うようになりました。
欲しかったときに買った。
嬉しかった。
集めるのが楽しかった。
飾って楽しんだ。
その時間があったなら、その物にはちゃんと役目があったと思います。
そして、
「もう十分楽しんだな」
と思ったら手放す。
それでいい。
物を買ったら、一生持っていなければならないわけではありません。
私が目指したいのは「買わない暮らし」じゃない
物を減らし始めると、
「もう無駄なものは絶対買わない!」
と思いたくなります。
でも私は、それを自分のルールにはしたくありません。
かわいいものがあったら、欲しくなると思う。
ガチャガチャだって、またする。
シールだって、欲しいものがあれば買うかもしれない。
私は、物が好きです。
だから、
買わないことを正解にはしたくない。
欲しいときは買う。
楽しむ。
そして、役目を終えたと思ったら手放す。
私が大切にしたいのは、
「持たないこと」ではなく、「執着しないこと」。
一度買ったから。
高かったから。
頑張って集めたから。
そんな過去の自分に縛られず、
今の自分が、
「もういいかな」
と思ったら手放していい。
「今の私なら、もう一度これを選ぶ?」
断捨離をするとき、
「捨てる?残す?」
と考えると、私はすごく迷います。
だから今は、
「今の私なら、もう一度これを選ぶ?」
と考える。
今、この値段で売っていたら買う?
今初めて見たとしても欲しい?
これから本当に使いたい?
答えが「YES」なら、残す。
「NO」なら、手放すことを考える。
大切なのは、
過去の私がどうしてこれを買ったかではなく、
今の私がどうしたいか。
数年前に大好きだったものを、今も大好きでいる必要はない。
逆に、昔はいらなかったものが、今は必要になることだってあります。
暮らしも、家族も、自分自身も変わっていくから。
そのたびに、
「今の私にちょうどいいもの」を選び直していけばいい。
物を手放すことは、
昔の自分の選択を否定することではなく、
今の自分に合わせて、もう一度選び直すこと。
私は最近、そんなふうに考えています。
もし、
「高かったから捨てられない」
「まだ使えるから手放せない」
と迷っているものがあったら、
一度だけ、
「今、この値段で売っていたら、私は買う?」
と自分に聞いてみてください。
答えが、今の自分にとっての「ちょうどいい」を教えてくれるかもしれません。


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